
「科学の功罪」?
いいえ、科学は無垢です
使う者にその功罪があるのです
少し?長いテクニカルな随筆
お話だとでも思って下さい
‥‥‥‥‥‥‥
人間という種が目覚めたばかりの頃
世界はまだ不条理な脅威として映っただろうか
しかし言葉を使い、だんだんと知恵を付けていく
昇っては沈む太陽 満ち欠けする月を眺めながら
なんとか自分達で世界を理解しようと試みる
彼等はそれをまず「神話」に求めた
人間を遥かに越えた自然の力を
神という上位存在によるものだとした
各地にありとあらゆる神話が残っている事から
ある種本質的な情動なのだろう
しかし時代が下るにつれて、自然界の出来事を神々によらず
冷静な観察と論理的な思考によって説明しようと考え出した
理性の始まりである
それからの二千年強もの間
幾許もの賢人があらゆる対象に馳せてきた千思万考
哲学 数学 天文学 物理学 化学 生物学 etc‥‥‥
積み重ねられていくdiscovery 広がりゆく説明の地平
自然を包んでいたベールは少しずつ取り払われてゆき
もはや世界は脅威ではなく、秩序だった物として認識される
その体系の一つの物理学
この学問は もちろん応用的な側面も持っているけれど、
最終的には一つの命題に向かっている
『 真 理 の 探 究 』
「物質の構造は?」「力とは?」「空間とは?」
つまり、
「この世界はどうなっているのか?」
何千年を経ても色褪せることのないセンスオヴワンダー
根本的な所は哲学と同じなのだろう
向かう対象が内面か外界かの違いはあるが
そしてここではある妥当な仮定をおいている:
最も基本的な粒子
最も根源的普遍的なアルゴリズムが
「存在する」、事
もしかしたら分解すればする程
新しい真理が生まれるようになっているかも知れないが
現象論においては底があるというのが自然な考えだ
その理念的なゴールは最終理論とか
TOE(Theory of everything)等と呼ばれている
遍く世界の森羅万象を説明し得る「神の記述」
しかし、、、僕はここに立ってみて思う事がある
人間はその最終理論に到達出来るのか?ということ
これまで科学は急速な発展を遂げてきた
と同時に人類の知識もとめどなく増えていく
巨大な理性の殿堂を俯瞰し、その上に新たな理論を構築する事が
だんだんと、難しくなってきている
しかし脳と言う器官の性能は変化する事は無い
ある一説によると、、、脳の記憶容量は約700TB(テラバイト)だそうだ
もちろん電子機器と蛋白質の脳では色々な差があるだろうが
よって人間が理解しうる事象の窮極的な限界がある
円周率10万桁や10歳で大学卒業等のギネス記録は
それを端的に表していると思われる
現代の物理学の根底には「標準模型」という枠組みがある
これはつい40年前に打ち立てられ
素粒子レベルの世界を統一的に矛盾無く説明するが、
かなり高度な数式で書かれている
こんな方程式の絡まり合った塊を手にして
結局我々はどのくらいこの宇宙の事を理解しているのか?
もう90%近いのか?それとも1%にすら満たないのか?
どちらにしてもこの状況は逃れ得ないし
理論科学の発展は少しずつ滞っていく
あまりにも高すぎる積み木の城
一番上にはもう誰も手が届かない・・・
人間が人間に留まる限り、いつかはそんな時代が来てしまうのだろうか。
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